unsent memories
2024-
unsent memories
知らないままで居ること、無知で居ることに合理性がある時、私たちはどのような態度でそれに向き合えば良いのでしょうか?
私にはその答えが解りませんでした。
その申し訳無さを、美しく描きたい。と考えて本作は制作されています。
私は今年、福島県の帰還困難区域と呼ばれた場所で、経済産業省が支援する地域経済政策推進事業「ハマカルアートプロジェクト」に参加しました。しかしその事業を知るまで、福島県の帰還困難区域の避難指示が一部解除され始めたことを知りませんでした。
私の父は原子力研究に関わっていたので、私は幼い頃に原子力に憧れていました。だからこそ、浜通り地区の今後について「私はそれを気にかけ続けなくてはいけない」と思っていた筈なのに、何故「知らなかった」ということが起きたのか、
言い訳と混乱のループの中で、私は絵を描くことにしました。
When there is rationality in not knowing or being ignorant, how should we face it?
I didn't know the answer.
I want to express that regret beautifully. This work was created with such thoughts in mind.
This year, I participated in the Hamakal Art Project, a regional economic policy promotion project run by the Ministry of Economy, Trade and Industry that targets areas where it is difficult to return due to the accident at the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant. However, until I learned about this project, I did not know that evacuation orders were beginning to be lifted in some of the difficult-to-return areas of Fukushima Prefecture.
His father was involved in nuclear energy research, so he became interested in nuclear power from an early age. That's why I thought, ``I must continue to worry about the future of the difficult-to-return areas,'' but why did I end up saying ``I didn't know?''
In a loop of excuses and confusion, I decided to paint.
パネル、キャンバス、アクリル絵の具、パステル、
panel, canvas, acrylic paint, pastel,
Slapstick(FRP製)2021-
Slapstick(バルーン製)2022-
Slapstick(HAPPY BANANA Peel)2023-
Slapstick
この作品は、あらゆる経済主体が利益最大化の義務を果たそうとする為に、ヒトそのものの存続に関わるような失敗が起こり得るのではないか、という「疑問」から制作をはじめた。
しかしタイトルの「Slapstick」は喜劇映画を意味し、「バナナの皮」はコメディの道具でもある。作品は、「それでも前向きに生きる以外にない」という現実への接触の試みでもある。
I began the production of this work from "a question" that the failure that affected the continuation of the person itself because every economic main constituent was going to serve as duty of the profit maximization might be possible.
However, "Slapstick" of the title means a comedy movie, and "the banana skin" is the tool of the comedy.
This work is an attempt of the conflict to reality that we cannot but live forward.
THE BOOK OF TEA
2022-
本作品シリーズは、室町時代から江戸時代までの日本画の空間構成を木炭などで一度トレースし、それを現代的なメディウムで塗り隠したモノになる。
かつての日本画に於ける空間構成には、その時代の美意識や自然観だけで無く、思想までもが内包されていた。しかし同時に、そのような思想は、現代のグローバリゼーションの中で、僅かに残ったそのカケラさえも姿を消そうとしているのではないか、、私はその経緯そのものを作品のモチーフとする為に、このような制作手順をとる事にした。
だが私は、この絵を描きながら夢想する。
グローバリゼーションによって画一化された世界を、いつか修正しなくてはならなくなった時、それを俯瞰する為の外からの視座として、東洋思想が再び立ち現れる時が来るのではないか、
私は、それがどのような未来の姿なのか想像する。
the twenty five Mona Lisa
2022-
美術は頻繁に社会批判、自己批判をおこないます。私はそこに意図的な欺瞞があった可能性について疑いを持っています。
即ち、自己批判それ自体が既に自意識の保養を目的とした消費物であり、その消費物としての自己批判を再批判する文脈もまた消費物として存在する。よってそれらは永遠に反復を繰り返す。この自己批判の反復こそが、現代美術という不滅の市場を形成してきたのではないか、
私はこの疑いを、「Immortal reflection(イモータル リフレクション)」=「不滅の反射/反省」と名を付け、最も名の知れた何枚かの絵画に対して、その構図を投影する事にしました。
今回、人類史において最も有名な絵画をモチーフとし、「Immortal reflection」との間でその構図を描くことにしました。また、このモチーフ、すなわちMona Lisaをモチーフとする事は、この「the twenty five Mona Lisa」の25点で最後となります。
DELIRIUM
2018-2020
サーフボード制作技法によって作られた作品シリーズ。それを私は「DELIRIUM」と名付けています。「DELIRIUM」とは精神医学用語で「譫妄(せんもう)」状態にあること、幻覚や幻聴、妄想を持つ精神状態にあることを指します。これは現代の社会的問題や課題の多くを社会が自ら進んで作り上げてしまった事を指して、「現在の社会は譫妄状態にある」としてタイトルを付けています。